
村田製作所が、全社3万人向けの生成AIプロダクト「Murata Coworker」を、AIエージェント活用基盤へと進化させました。Amazon Bedrock AgentCoreと複数の統制ツール(ガードレール、認証認可、モニタリング)を組み合わせ、セキュリティと活用を両立させる「Trade-on」のアプローチを実装しています。これにより、リスク回避と開発スピードの維持を同時に実現し、企業向けAIエージェント活用の実践モデルを示しています。
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村田製作所が、全社3万人が利用する生成AIプロダクト「Murata Coworker」をAIエージェント活用基盤へ拡張しました。Amazon Bedrock AgentCoreを中心に、社内外データの参照、Knowledge Hub、ITSM Agent(ヘルプデスク支援)など複数の機能を統合し、単なるチャットボットから統合インターフェースへと進化させています。
なぜ重要か
AI活用と企業統制の両立は多くの企業の共通課題ですが、村田製作所はこれを「セキュリティか活用か」の二者択一ではなく「両者を同時に高める」という「Trade-on」の考え方で解決しています。特に、AIエージェント特有のリスク(権限行使、機密漏洩、メモリ汚染など)を体系化したガイドラインを整備し、リスクレベルに応じた段階的な対策を実装することで、開発スピードを損なわずに安全性を確保する実践例を示しています。
注目点
Knowledge Hubでは、OSS(gpt-researcher)から Amazon Bedrock AgentCore への移行により、Web検索、市場調査レポート、社内技術文書、特許、ITSM検索の5種類のツールをMCP(Model Context Protocol)サーバーとして標準化・管理でき、ツール追加・切り替えが設定ベースで安全に行えるようになりました。AWS Summit Japan 2026でも発表された内容です。
村田製作所は、スマートフォン、自動車、通信機器、医療機器など様々な製品に組み込まれる電子部品を供給する総合電子部品メーカーです。AI サーバーの普及に伴い、データセンター向け電子部品の需要が拡大するなか、同社自身も AI を活用した変革を推進しています。
その核となるのが「Murata Coworker」という全社生成AIプロダクトです。生成AI CoE(Center of Excellence)がユーザー部門と共創しながら内製開発しており、資料作成、翻訳、調査、社内データを活用した RAG/Agent などを統合的に提供するプラットフォームとして機能しています。現在は累計約3万人が利用し、1人あたり月約3時間の工数削減のほか、コミュニケーション品質の向上、知識共有の促進といった効果が確認されています。特に資料作成支援機能が社内で急速に普及しており、パワーポイント資料を一から作成する人が激減したほどの実務浸透を見せています。
村田製作所が目指す DX は、単なるデジタルツール導入ではなく、「デジタルツインサイクル」と呼ぶアプローチを軸としています。これは、現場の知見(フィジカル領域)と AI による情報・サイバー領域の最適化を結び、現場に適用した結果をサイバーに持ち帰って次の最適化に活かすサイクルを高速化するもので、同社は AI 活用における最大のミッションと位置づけています。
こうした戦略に基づき、Murata Coworker は「個の能力拡張」から「責任ある AI エージェント活用基盤」へと進化しています。AWS 上に構築されたアーキテクチャの中核は、Amazon Bedrock AgentCore を通じた複数プロバイダーのモデル(用途・コスト・処理速度に応じて使い分け)と、Langfuse による全 LLM 呼び出しのトレース蓄積・可視化です。
AI エージェント活用の重要な取り組みの一つが Knowledge Hub です。1st リリースでは OSS の gpt-researcher をベースに Deep Research Agent を構築し、社内外情報を活用した調査業務を効率化しました。しかし、ツール数が増えるにつれ OSS の内部構造が複雑化し、ツール追加・変更のたびに OSS の実装に踏み込む必要が生じるなど、運用上の課題が浮き彫りになりました。そこで 2nd リリース(2025年10月の Amazon Bedrock AgentCore 一般提供開始に合わせ)では、AgentCore Gateway を活用したフルマネージド構成へ移行しました。MCP(Model Context Protocol)経由で、Web 検索、市場調査レポート検索、社内技術文書システム、特許システム、ITSM 検索の5種類をコンテナで実装し、ツール追加・切り替えを設定ベースで安全に行えるようになった結果、安定性、統制、可観測性が劇的に向上しました。
もう一つの柱は ITSM Agent(ヘルプデスク支援)です。Agentic RAG とオブザーバビリティを組み合わせ、Langfuse による全 LLM 呼び出しのトレース管理、回答品質のスコアリング、Amazon CloudWatch によるコスト可視化を通じて継続改善ループを構築しています。低評価だった回答や誤った参照を定期的にレビューし、原因を分類(ナレッジ不足・検索精度・プロンプト・ツール選択など)した上で、評価用データセットに反映し、改善後の品質を回帰的に確認する運用を実施しています。
責任ある AI エージェント活用を支えるガバナンスは、既存の RAG ベース生成AI ガバナンスガイドラインを AWS Generative AI Innovation Center のアドバイザリー支援のもとで拡張したものです。AI エージェント特有のリスク——自律性と権限委譲、Input リスク、推論プロセスリスク、メモリリスク、マルチエージェント協調リスク、ツール利用リスク、業務プロセスへの影響リスクなど——を体系的に整理し、リスクレベル判定基準を導入することで、対策を重点配分する仕組みを採用しました。初期段階では対策項目が膨大となり現場のハードルが上がりすぎる課題に直面しましたが、必要最小限の対策を絞り込む考え方へ転換し、実際のユーザーフィードバックを受けながら継続的に改訂することで実効性と現場の納得感を両立させています。
ガードレールについても、Amazon Bedrock のガードレール機能と NVIDIA NeMo Guardrails を組み合わせた二重構造を採用しています。基盤モデルは月次以上の頻度でアップデートされるため、単一のガードレールだけでは安全性維持のための再調整負荷が高くなります。Amazon Bedrock 側でモデル非依存の共通的な安全対策を担保しつつ、業務固有の制御を NeMo Guardrails でプロンプトベースに調整できる構成により、モデル更新時の負荷を分散・軽減しながら安定したプロダクト提供を実現しています。
認証認可の設計も重要です。従来システムは「ユーザー→データ」または「ユーザー→システム」の認可で足りましたが、AI エージェント時代には「人→Agent→ツール/データ」という認可チェーンを考慮する必要があります。村田製作所は、Application Load Balancer の OIDC 認証(ALB OIDC)と Microsoft Entra ID を組み合わせた認証基盤の上に、Amazon Verified Permissions によるポリシーベース認可判定を導入しました。RBAC(ロールベースアクセス制御)と ABAC(属性ベースアクセス制御)を組み合わせ、Cedar Policy Language を用いてルールを記述し、Microsoft Entra ID の属性(会社・部署など)、アプリ固有のユーザー・データ属性、例外許可、システム固有ロジックを Amazon DynamoDB で管理することで、各ホップでの最小権限適用を実現しています。
こうした取り組みの根底にあるのは、セキュリティと AI 活用を「Trade-on(対立ではなく両者を同時に高める)」関係として捉える経営判断です。村田製作所は Murata Coworker を単なるPoC ではなく全社で日々利用される生成AI中核システムとして運用し、内製開発を選択することで、蓄積される技術・業務ノウハウを競争優位に結びつけています。今後はシステム連携、オペレーション再構築、デジタルツイン実現へと拡張し、将来的にはフィジカル AI との接続も視野に入れながら、人と AI の好循環による創発型経営変革を目指しています。
村田製作所の取り組みは、企業におけるAIエージェント導入の課題——「どこまで任せるか」「どう統制するか」——に対して、設計段階からの包括的な回答を示しています。同社は、生成AI CoEがユーザー部門と共創しながら内製開発する形をとることで、アーキテクチャ設計、ガバナンス運用、ユーザーとの共創を通じた技術・業務ノウハウの蓄積を企業の競争優位に結びつけています。
Key な特徴は、AIエージェント特有のリスク(自律性による権限行使、メモリ汚染、マルチエージェント協調時の破壊的挙動など)を体系的に洗い出し、リスクレベル判定基準によって対策を重点配分する柔軟性を持たせた点です。初期段階で対策項目が膨大になり現場のハードルが上がりすぎる課題に直面したものの、必要最低限の対策に絞り込み、実際のユーザーフィードバックを受けながら継続的に改訂するアプローチを採ることで、実効性と現場の納得感の両立を実現しています。
AWS マネージドサービス(Amazon Bedrock AgentCore、Amazon Verified Permissions、Amazon CloudWatch)の活用により、開発スピードを落とさずに企業向けAIエージェント活用に求められる安全性・拡張性・運用性を同時に達成する仕組みも重要です。セキュリティと活用を対立関係ではなく「Trade-on(両者を同時に高める)」と捉える経営判断が、この実装を支えています。
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